肝斑について
肝斑(かんぱん)は20代後半~40代の女性に両頬を中心として生じ、増悪寛解を繰り返す難治性の色素性皮膚疾患です。一般的に顔面のシミと呼称されます。女性ホルモンの影響を強く受けるので、妊娠時にその色素斑が目立つことにより気づくことが多いですが、発症要因と増悪因子として最重要なのが紫外線といわれています。悪化要因として他には機械的刺激や炎症、妊娠、ピル、女性ホルモンなどがありますが、あくまで悪化要因であり原因ではありません。しみは閉経後に及ぶこともあります。男女比は1:14です。40%は遺伝性です。
肝斑の皮膚症状
境界明瞭な淡褐色〜褐色斑が連続性に顔面、特に前額・頬・頬骨部、口唇上部、下顎部に左右対称性に生じます。眼囲が抜けるのが特徴です。肝斑の25%程度に掻痒感、紅斑、毛細血管拡張症を伴うことがあります。
引用;饗場恵美子.東京大学形成外科;肝斑に対する我々の治療法
引用;清水 宏.あたらしい皮膚科学.2011;vol.2:291:589.
肝斑の原因
紫外線
表皮;角質層レベル
紫外線により表皮の角層バリア機能不全が起こっています。生検結果から角層の厚さが薄いこと、表皮の脂質合成が不十分であることから角層のバリア機能不全が生じているのではないかと考えられています。
表皮;基底層レベル
紫外線により表皮の基底膜障害が起こっています。Ⅳ型コラーゲンに対する抗体を用いた免疫組織染色にて基底膜が壊れていることが判明しています。また基底膜に存在するメラノサイトが真皮側に滴落しⅣ型コラーゲンに包まれていることが示されています。
メラノサイトに対してケラチノサイト、線維芽細胞、毛細血管から分泌されている様々な因子(αメラノサイト刺激ホルモン(αMSH)、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、Thrombospondin-1)が関与し過剰なメラニン産生が持続しています。このメラニン増加は3つのメカニズムからなっています。
①メラノサイトの数の増加
②メラニン産生増加
③周辺ケラチノサイトへのメラノソームの受け渡しが亢進
引用;Pendulous melanocytes: a characteristic feature of melasma and how it may occur
真皮→光線性弾性線維変性
肝斑病変部を病理学的に検討したところ、真皮浅層の光線性弾性繊維変性が起こっていることから、同部への慢性的な紫外線曝露が肝斑発症の誘因となることが示されています。
引用;Melasma: histopathological characteristics in 56 Korean patients
YAGレーザー等で肝斑のメラニン沈着を改善させることができる反面、過度な照射で点状の白斑形成を起こしやすいとの報告も多いです。これは肝斑の皮膚では基底膜障害が起こっており、メラノサイトが滴落しやすい状態にあることに由来します。つまり過度な照射によりメラノサイトを表皮下に落とし込むことで色素を表現できない点状の白斑に見えてしまうのです。
肝斑の増悪因子
エストロゲン,プロゲステロン
妊娠や経口避妊薬をきっかけに肝斑が発症すると報告があります。約3割の方は妊娠で増悪しています。免疫組織染色の結果、エストロゲン受容体β(ERβ)、プロゲステロン受容体(PR)の表皮での発現亢進とERβの真皮線維芽細胞での発現亢進が見られていることから、女性ホルモンが増悪因子と考えられています。
薬剤
避妊薬、抗痙攣薬があります。
その他
心理的要因、肝機能障害、遺伝因子、化粧品
※化粧品については疾患の原因となる成分は特定されていない
肝斑の診断が医師によって違う訳
顔面においては肝斑のみだけではなく老人性色素斑など様々な後天性メラニン色素異常症(ACP:aging complex pigmentation)を呈する場合がほとんどだからです。よって明確な鑑別をすること自体が難しいです。したがって視診と問診はもちろん、最近では肌診断機も頼りにしながら診断していくことが多いです。
ADM(真皮メラノサイトーシス)がある女性の場合、肝斑を合併している場合が多いです。それはおそらくADMを隠そうとして化粧を念入りにしたりすることで、その摩擦刺激により肝斑増悪していることが考えられます。ADMも肝斑も分布が近いこともあり合併していることが多いのでしょう。このような混在している状態でADMの治療を優先させてしまうと、肝斑を悪化させるので肝斑の治療を優先します。
肝斑以外のしみ
両側性太田母斑様色素斑(真皮メラノサイトーシス)
元来メラニン産性能を持たない未熟なメラノブラストが真皮に存在しているが、紫外線などの刺激によりメラニン産性能を有するメラノサイトとなり色素斑を呈する病態です。額外側、頬部、鼻翼部などに茶褐色の3〜5mm大の斑が左右対称性に認められます
TA内服,Tr・HQ外用,ピコトーニングは効果なし
高フルエンスQスイッチ/ピコレーザーが効果あり
炎症後色素沈着
ニキビ後や接触性皮膚炎を繰り返した後に茶褐色の色素斑の色素沈着を生じます。色素沈着に先行して掻痒感や軽度の紅斑などの炎症症状が見られることが多いです。基本的に何もしなくて改善するので,刺激をあたえる行為をしないほうがよいです。
TA内服,レーザー類は効果なし
Tr・HQ外用は効果あり(効果<リスクのことがある)
老人性色素斑
慢性の紫外線曝露により生じ、自然消退することはなく、大小不同の境界明瞭な円形の色素斑を形成します。
TA内服、Tr・HQ外用は効果なし
高フルエンスQスイッチ/ピコレーザーが有効
雀卵斑(そばかす)
常染色体優性遺伝で、色白の人の日光曝露部に好発します。自覚症状はなく2〜4mm大の褐色の色素斑が鼻・頬を主体に散在します。多発の小色素斑です。
高フルエンスQスイッチルビー→1回で取れる
低フルエンスQスイッチルビー/ピコトーニング→数回かかる
肝斑のイメージ
肝斑の病変部ではメラノサイトで多量のメラニンが産生されて、それがケラチノサイトに送られて肌が濃く見えている状態です。しかしこの沈着しているメラニンはタトゥーのように病変部に滞留しているわけではなく、常にメラノサイトで産生されターンオーバーにより表皮から剥離しています。つまり、肝斑のメラニンはバケツに大量の水が溜まった状態ではなく、常にバケツに水が足されている状態です。バケツに貯まった水は少しずつでも排水していけばだんだん水量は減っていきます。しかし大量に足されていく水から少しの水を排水しても、次々に流れ込む多量の水に補充され、何の意味もないです。それゆえ老人性色素斑にはレーザーが効果的であるのに対し、肝斑にレーザーを施行してメラニンを破壊しても意味がないのです。メラニンの産生を抑えることが治療になります。
おわりに
肝斑は難治性かつ完治させることが少ない皮膚疾患です。肝斑の原因やメカニズムについて理解していない方が多いこと、美容皮膚科や美容外科に対する過剰な期待感、良い事しか言わないマスコミや一部のクリニックの発信方法も問題です。肝斑=レーザー・光治療=治るという構図で受診される方が多いのが実際です。肝斑はどんな治療をしても治療中止(終了)後に再燃する症例が多いこと、副作用や合併症がない治療法は存在しないことを理解しておいてください。